唯一無二の我慢

先週までのぐずついた天気も回復し、ここ数週間次女にうつされた風邪による体調不良も回復し、2回目のワクチン接種後の副反応も回復し、重たい仕事も何とか目途が付き、9月の初めに計画していた家族旅行も予定を変更して、自分の身の回りの事が何となく片付いたような、少しスッキリしたような気分になった金曜日。

今週は2回目のワクチン接種を済ませたが特に精神的な変化もなく、これまで通りの生活を続けていくしかない。

今朝、妻に宣言解除を見越して9月の末に実家に帰ることを提案すると、

「もう少し我慢したら」

「我慢してるのはうちだけじゃないよ」

と言われた。

そう言われるだろうと予想していたので反対されたことはいいとして、「我慢」と聞くとついつい自分だけが一生懸命我慢しているように錯覚するのは、私の「我慢」は私にとっては唯一無二の我慢であり、そして他人の唯一無二の我慢は自分には分らないからだと思った。

もどかしく感じなくもないが、誰の我慢であってもそこに上下や優劣はなく等価であるんだろう。

本来我慢とは目標を達成するためにするものであって、それが自分で選んだ我慢ではなく我慢させられていることに余計ストレスを感じるが、この我慢が報わるのを願うしかない。

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